かもめはかもめ

ノーミュージックノーライフ、もといノーミュージックノーナレーション。
音楽で、ナレーションが変わることを知る、夏。
と、進学塾のキャッチコピー風のことを書いてみる、夏。

今回の堀場先生の「音楽とバラエティ」。
まずはいつもの通り、音楽なしで原稿を各々の解釈で読んでいく。

いつもと違うのは、次にランダムで流される音楽に合わせて原稿を読んでいくこと。

この音楽は全員違うものが流れるので、前の人の真似ができない上にテイストも全然違う。
急に外国語のセリフめいた歌詞が出てくる音楽がかかる人もいて、思っていたのと違うぞ!と戸惑うこともしばしば。
音楽を聞いて、これはどのような番組でどのような読みが合っているのか瞬時に判断を下し表現していくのは、ものすごく体力を使うことだ。

私がはじめに当たったのはややスピード感のあるどちらかと言えばカッコいい系のBGM。
「報道とドキュメンタリーの間」、いわゆる報道番組の中の特集コーナーと解釈して、自分なりにやや低音で速めの読みをしてみることに。
そして、次に当たったのはスローテンポでなんとなく感動する系の内容に合いそうなBGM。
私は、取り上げられている人物が応援したくなるような雰囲気のドキュメンタリー番組、「好感度高めドキュメンタリー」(私の造語だけど)と解釈して読んでみた。

結果的に、好感度高めドキュメンタリー読みの方が自分の声質に合っているとの評価をいただき、今後の自分の方向性を決めていく上でも希望の光が見えたような気がした。

そんな中で今回難しいと感じた所は、自分の音楽の解釈と表現の解釈が合っていたとしても、それが自分の強みとは合っていない場合があるということだ。

私の場合で言えば、はじめの「やや低音気味でスピード感のある読み方」は解釈として決して誤りではないけれども、自分のイチオシとしてアピールできるようなしっくり感がなかったということ。
実際の現場で、「〇〇さんぽく読んでください!」という要求が来たとして、そもそもそれが自分とは対極の所にあるとしたら、果たしてそこで自分のベストの表現を出せるのか。

―多分それは非常に難しいことだ。

私が急に叶姉妹のようなファビュラスな容姿や立ち居振る舞いを求められても、残念ながらそれは私本来の良さからはかけ離れている訳で、自分の良さが出ない所にあえて挑戦して勝負を仕掛けるより、そういう指示に対しても自分の得意を提案できるようになることの方がよっぽど大事なのだ。
もちろん、自分の表現の幅を広げて、何が来てもベストな状態を出せることが望ましいのだが、得意を知り、そこで勝負できる度胸を身に付けることは一つ大きな武器になると思う。

つまるところ、かもめはどこまでいってもかもめのままで、孔雀や鳩には決してなれないから、私はかもめの戦い方を探していくばかりなのだ。

かもめは滅多に見られない海なし県民 土曜コア 大島