才能は努力に負ける。努力は「楽しむ」ことに負ける。

この一言が、今回の授業のすべてを物語っていた気がします。

桜が舞い散る風景に春を感じ、新しい出会いにワクワクしつつも、ほんの少しの緊張も抱えている今日この頃。
20期・春コアの杉田です。

前期モードを経て、今期からコアを受講いたします。
どうぞよろしくお願いいたします!

さて今回は、義村学長、畠山Mgrによる「守破離」の授業を振り返ります。

バーズ在校生にとってはおなじみ、各期初めに行われるこの授業。
私にとっては2回目の受講となりますが、

「ナレーターを目指す上で、最も重要な授業の一つ」

だと、改めて強く実感しました。

体感で言うと…
重要度30%、いやそれ以上。むしろ「土台そのもの」です。

まず印象的だったのは、バーズの指導スタイルについて。

バーズは担当講師制ではなく、毎回異なる講師が授業を担当されます。

その理由は、

特定の価値観への偏りを防ぐため
不必要なしがらみをなくすため

ナレーターも芸事である以上、「絶対の正解」はありません。

どんなに優れた表現でも、
100%の人が「良い」と言うことはない。

だからこそ、様々な視点から評価を受けることが必要になる。

同じ表現でも、

ある講師には「弱み」と言われる
別の講師には「強み」と言われる

ということが起こります。

それを封印するのか、磨いて武器にするのか。

これは完全に自分の選択です。

すべての意見を受け入れると、
角の取れた「丸いナレーター」になる。
でもそれでは頂点には届かない。
どのアドバイスを選ぶかも「技術」である。

今まで「全部受け入れがちだった自分」に刺さりまくりました。

もちろん重要なのが基礎力。

特に大なことは「耳を鍛える」こと
これがないと

自分の癖に気づけない
指摘が理解できない
復習ができない

その上で
ナチュラルな発声を手に入れ
声のコントロール技術を磨く

つまり、耳が鍛えられていないと成長のスタートラインに立てない。

そして、バーズで推奨されている「ミラリング」をするにも耳が大事。

テレビナレーションのリズムをミラリングして身体に入れることで、初めて「ナレーションとして成立する」。

これは前期モードで、自分の中に「テレビナレーションのリズム」が無いことを痛感した部分でもあります。

そして義村学長による「売れるための17か条」。

なぜ

上手くても売れない人がいるのか
下手でも売れる人がいるのか

その答えは

「考え方」

にあるということ。

自分の魅力をどう伝えるか
商品価値をどう高めるか

どれだけ努力しても、
方向がズレていれば効果は薄い。

そしてこの言葉

「才能」はしばし「努力」に負ける。
「努力」は時に「楽しむ」ことに負ける。

シンプルだけど、本質。

授業では、ナレーションの歴史についても学びました。

落語・講談・浪曲・漫談といった伝統芸能から、現代のAIナレーションまで。
表現の形は変わっても、その根底にあるのは
「守破離」から派生しているということ。

最後に教えていただいたのは「自立」について。

自立とは、最初から援助を当てにすることではない。
自分でできることをやった上で、援助を求めること。

この意識があるかどうかで、成長スピードは大きく変わると感じました。

今回が2回目の「守破離」の受講でしたが、正直、前回よりも圧倒的に刺さりました。

それは、自分の状態が変わったから。
同じ言葉でも、タイミング、メンタル、経験によって、響き方が全く違う。
このタイミングで再び受けられたことの価値は非常に大きいです。

未来を創れるナレーターになれるよう、「17か条」を少しずつでも実行しながら、楽しみながら努力していきます。

義村学長、畠山Mgr、貴重なご指導ありがとうございました!

初回レッスン「守破離」を終えて

初めまして。この度スクールバーズ春20期生、コアクラスでお世話になります梅原です。

また、土曜日コアクラスのリーダーとしてもお世話になります。気軽にうめちゃんと呼んでもらえると嬉しいです。

今日は初回レッスン「守破離」でした。

「自立したナレーターになるために」そして、「頂を登るために」とても濃密な3時間半でした。

お話を聞きながら、「今の自分は人のリズムでどれだけ喋ることができるだろう」や、「プレイヤータイプ」と「クリエイタータイプ」のどちらか、新しいことを考えるきっかけをいただきました。ありがとうございました。

生涯ナレーターとして生きる夢を叶えるために、自分自身がどの山を登りたいのか早めに具体的することが、まず目標になりました。

そしてアフターバーズでは、様々なバックグランドを持った方とお話しさせていただきとても楽しく、刺激をいただきました。

最後に、今年は珍しくこの日に桜が残っているとのことで、新しい始まりの日に、スクールから見える桜と記念に1枚。

これから2年間よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

2026.04.04

1年半の感謝を込めて

人生指折りの密度の濃い1年半でした。

秋19ブランディングの小川真由美です。

元同僚の衝撃的な”ボイスサンプル”と「スクールバーズに行って私は変わった」という一言に心をむぎゅっと掴まれ、勇気を出して叩いた扉でした。

ずっと声を生業に生きて来て、それなりに自信を持って臨んだ授業でしたが、

コアでもう一度基礎から見つめ直し、

モードで幅広い旬の表現を学び、

ブランディングではかつて自身のことをこんなに深く考えたことがあったろうかというほど、頭を使って自己分析し、自分自身の売り方を考えました。

アナウンスとナレーション、学べば学ぶほどその違いに悩む日々。

感情を乗せる・・・感情って何?

表現を乗せる・・・表現って何?

常に冷静に事実を伝えるという長年馴染んできたアナウンスの技術がこんなにもナレーション表現の邪魔をするとは思ってもみませんでした。

そんな時、アフターで伺ったよしいよしこさんご自身の経験談が胸に刺さりました。

「アナウンスとナレーションは別の言語だと割り切った。後になってそれが合流する時が来た。」

第一線で活躍される先生方に共通して感じたのは耳の素晴らしさと向上心でした。あなたの今の表現はこうだったけどこうするといい、表現の再現性に驚き、超売れっ子でありながらさらなる高みを目指して技術を磨き、サンプルを作り、SNSなどで発信を続ける。たくさんの刺激をいただきました。

痛いところをズバッと指摘され乃木坂の駅までトボトボうつむいて帰った日々。キャリアを積むに従ってダメ出しをされることもほぼなくなっていた中、久しぶりに出された盛大なダメ出しはむしろ清々しく、反骨精神に火がついて必死に宿題に取り組んだ週もありました。クラスメイトの目覚ましい成長ぶりに、かすかな嫉妬や焦りを覚えることもありました。

まだまだ伸び代満載ではありますが、”ビフォアーバーズ”の自分自身からは飛躍的進歩を遂げました。基本的PC操作も覚束なかった状態から、ガレージバンドを駆使し動画やサンプルなどを作れるようになったり、自信を持って臨んだ当時の授業の音源を聴いて未熟だったなと反省、つまり耳の進化を感じたり。

ほんと、人生指折りの密度の濃い1年半でした。

技術を惜しみなく懇切丁寧に伝授してくださった講師の先生方、

売り方を一緒に考えてくださった義村学長、狩野社長、武信マネージャー、畠山マネージャー、

大いなる刺激をくれたクラスメイトの皆さん、

スクールバーズに私をいざなってくれた勝田香子さん、

ナレーションを学びたいという私の気持ちを理解し、ナレーション部門を立ち上げ日々懸命に売り方を考えてくれている事務所に。

たくさんの感謝を込めて。ありがとうございました。必ずや、売れてみせます。

またセミナー、ボイスサンプル収録、聴講などでお世話になるつもりです。引き続きどうぞよろしくお願いします。

あおい先生「旬の実技」授業を振り返って

桜の開花宣言が北上する中、近所の桜の木には一向に蕾の気配がないことが気になって仕方がない今日この頃。
春、ちゃんと来ていますか?
19期・秋モードの杉田です。

さて今回は、あおい先生による「旬の実技」の授業を振り返ってみたいと思います。

今回も、あおい先生が実際にナレーションされたバラエティ原稿を当日いただき、その場で読んでいく実践形式。

今期最後の授業ということもあり、教室全体がいつも以上にピリッとした空気。
みんな、気合い十分です。

番組の概要説明のあと、「元気に、楽しく読む」という指示をいただき、順に読み進めていきます。

あおい先生は一人ひとりの読みに対して丁寧にコメントをくださるのですが、今回は特に「現場」を強く意識した指導が印象的でした。

先生がこう読む、というお手本だけでなく、
ディレクターにこう言われたらどうするか
どうすればさらに良くなるか

といった、一歩踏み込んだ視点で細かくアドバイスをいただきました。

特に印象に残ったのは、現場での振る舞いについて。

収録はどんどん進んでいくため、
読み間違えても勝手に止めない
自分で戻って読み直さない

さらに、
下読みの段階でカット割りを予想し、準備しておくこと。
これはまさに現場で仕事をする上で大事だと感じました。

そして、言葉を立てるために強く読むことはもちろん重要ですが、

たとえ捨てると判断した言葉であっても
丁寧に、抑揚をクリアに読むこと。

勝手に文章をアレンジしない
情報を正確に届ける
という基本の徹底。

それから、間を恐れないこと。
尺が許すなら、間を大胆に使う。
間によって視聴者の注意を引くことで、無理に強くしなくても引き込むことができる。

私は焦って次へ次へと読み進め勝ちなので非常に身に沁みました。

ナレーターは、話の流れに乗って
視聴者を先へと導く存在。

先回りして説明してしまうと、ナレーションは一気に安っぽくなる。

ときに視聴者に寄り添い
ときに客観的に距離を取り
最も効果的な立ち位置を選ぶこと。

また、情熱だけで押し切ると抑揚が単調になるという指摘もあり、
「熱」と「冷静さ」のバランスの重要性を感じました。

印象的だったのはこの言葉。
「現場で、一人ブースに入り、周りの状況もわからない中で出たものが実力。」
プレッシャーの中で出るものこそが、自分の本当の力。

だからこそ

・下読みで作戦を立てる
・本番を想定した緊張感の中で練習する

こうした準備が重要だと教えていただきました。

そして、
ナレーションは
下手ではいけない。
でも「上手いだけ」でも足りない。

その先にあるのは、
「思わず聞いていたくなるナレーション」
技術を超えた「魅力」の部分。

最後に教えていただいたのは、ナレーターとしての心構え。

「ナレーターは現場で細かくプレイを指摘されることはほとんどない。
自分で課題を見つけて、自分で処理していく。
それがナレーターの人生。」

いつも熱いあおい先生の授業ですが、今回は特に、
「現場」と「ナレーターの在り方」を強く意識させられる時間でした。

あおい先生の言葉を忘れず、これからも一つひとつ積み重ねていきたいと思います。

あおい先生、貴重なご指導をありがとうございました!

高川先生「ハードドキュメント」授業を振り返って

暖かくなって花粉で視界がぼんやりし、「ああ春だな」と思ったのも束の間。翌日には小雪が舞うという季節の急ハンドル。
春はどこへ行ったのか……。
19期・秋モードの杉田です。

さて今回は、高川先生による「ハードドキュメント」の授業を振り返ってみたいと思います。

今回の授業では、事前にナレーションの入っていないドキュメンタリー映像をいただき、
「何度も見ておくこと」
という指示がありました。

何度も見て、考え、イメージを膨らませてから授業に臨む――
ドキュメンタリー作品と向き合うための準備です。

授業ではまず、高川先生からドキュメンタリーについての説明がありました。

ドキュメンタリー番組には、必ず作品としての主張やメッセージがあります。
・映像
・音
・取材した記者
・取材対象
などなど、それぞれが、それぞれの意見や立場を持っています。

そこには
賛成意見もあれば反対意見もあり、
対立もあれば、それを支える人や背景もある。

そうした様々な要素が集まり、ひとつのドキュメンタリー作品としての大きな主張が生まれる。

ナレーターは、
「番組が何を言いたいのか」を感じ取る。
そのうえで、自分のナレーションがこの作品にどう関わり、どう加担できるのかを探っていくのだそうです。

そのためにはまず、
映像や原稿という素材から自分が何を受け取るのか
そこからスタートする。

今回の授業は、まさに高川先生が実際に行っていらっしゃるアプローチを体験させていただく内容でした。

映像は事前に見てきましたが、原稿はもちろん当日渡し。

ここから授業が始まります。

まずは、生徒全員で順番に原稿を
「棒読み(素読み)」していきます。

この棒読みは、演劇の稽古で最初に行われる「素読み」と同じもの。

高川先生曰く、
・電話帳を読むように無機質に読む
・句読点も気にせず、
・ニュアンスもつけず、
・ただゆっくり、黙読を音にしていく。

その際に、
・映像と印象が違うところ
・つながりを感じたところ
・なんとなく気になったところ
など、自分のセンサーが反応した部分にチェックを入れていきます。

ゆっくり無機質に読むことで、ストレスや違和感が生まれてきます。
その「引っかかり」こそが、自分のセンサーが反応しているポイントなのだそうです。

この棒読みは、表現のための読みではありません。
インプットのための読み。

この番組のメッセージに対して、
・自分はどう関われるのか
・どんな立ち位置なのか
・どんな距離感なのか
それを探るための読みです。

事前に映像を見てテーマは整理してあります。
そこに原稿が加わることで、
「自分はどうアプローチできるのか」
という関係性を探っていきます。

実際、素読みを二度三度と繰り返していくと、
棒読みをしているにもかかわらず、変化が生まれる部分が出てきました。
これはとても不思議な体験でした。

棒読みを数回繰り返したあと、今度は
原稿を見ずに映像だけを見る。
高川先生はこれを
「映像と出会い直す」
とおっしゃっていました。

原稿を読んだあとで映像を見ると、最初に見たときとは受け取る情報や印象がまったく変わるのです。
同じ映像なのに、違う作品を見ているような感覚でした。

そして実際に、映像にナレーションをつけていきます。
しかし、やってみるとどうしても
「説明のナレーション」
になってしまう。

何かをやろうとしたり、単語を立てようとすると、途端に紹介や解説のナレーションになってしまうのです。

そこで改めて思い出すのが、今回のアプローチ。
・事前に整理したメッセージ
・素読みで引っかかった部分
・映像から感じた距離感や肌触り
それらをもとに、
「この作品にどう接するのか」
を感覚で受け取る。

最終的なパフォーマンスは、そこから自然に変わってくる。

高川先生は、非常に感覚的な内容を、
私たちに伝わるよう丁寧に言葉を探しながら説明してくださいました。

印象的だった言葉の一部を紹介します。
・言葉と向き合うと、言葉の働きは増えていく
・同じ部分を素読みしていると、心が動き関係性が生まれる
・技術に意識を向けすぎると雑念が出る
・映像→素読み→もう一度映像、で見え方が変わる
・アプローチが変わるとナレーションのニュアンスも変わる

先生からアドバイスをいただくと、クラス全員のナレーションが劇的に変化しました。

ドキュメンタリーでは、
「どうしゃべるか」
よりも
「何を伝えようとしているのか」
が重要。

今回のアプローチを通して、
・番組が伝えたいこと
・ナレーションの役割
・自分なら何ができるのか
というナレーターとしての意図を持つことができる。

そして、この「ナレーターの意図」があるからこそ、キャスティングされることも多いのだそうです。

俳優がドキュメンタリーのナレーターに起用されることが多いのも、この「意図」を強く打ち出せるからではないかとのことでした。

もう一つ印象的だった言葉があります。
ナレーターは楽器。
だから常にメンテナンスが必要。
・滑舌
・発声
そうした基本的な技術を鍛え、表現としてラッピングしていく。

しかし、
プレイ中はそれを忘れる。

メンテナンスしながらプレイはできない。
それは、野球をしながら筋トレするようなもの。
ナレーション中は完全に切り離すこと。

最後に
ナレーターとしての立ち位置や距離感は、一番説得力のある場所を選び
感じたものを信じて、映像とシンクロして声を出す。

そして収録では、
それらをいったん忘れ、初めて映像と原稿に出会った感覚でプレイする。

授業後も先生は私たちの質問に丁寧に答えてくださいました。

今回の授業はとても感覚的で、文章で伝えるのが本当に難しい内容でした。

それでも先生は、私たちに伝わるよう言葉を選びながら、何度も丁寧に説明してくださいました。

このブログだけでは全く伝えきれないのが、本当に残念です。

ナレーションは「どう読むか」ではなく「どう加担するか」。
その視点を忘れずに、これからも映像と向き合っていきたいと思います。

高川先生、貴重なご指導をありがとうございました!

大江戸先生「バラエティの映像理解」授業を振り返って

各地の水瓶が渇水するなか、ようやく恵みの雨が…と思いきや、気温が一気に急降下。寒さに異常に弱い者にとっては、もはや生存確認必須レベルの今日この頃。 19期・秋モードの杉田です。

さて今回は、大江戸先生による「バラエティの映像理解」の授業を振り返ってみたいと思います。

今回は、先生が用意してくださったさまざまなバラエティ番組の原稿をランダムに選び、その場で読んで録音していただくという、なんとも実戦的な内容でした。 心の準備? そんなものはありません。まさに「現場仕様」全力でやるだけです。

順番に読み進めていく中で、今回も一人ひとりの声質や特性、プレイの傾向に対して、丁寧かつ的確なコメントをいただきました。

今期最後の授業ということもあってか、先生の言葉はいつも以上に熱を帯び、名言が続出。
メモを取る手が止まらず、「もう一本腕がほしい」と本気で思いました。

特に印象に残った言葉を、いくつか抜粋します。

・ナレーションごとに視聴者層を意識し、適した表現を選ぶ
・シーンごとに読み分け、対比を出す。そのためには「強烈なギャップ」を作る
・足したら引く。一ページの中でも表現を変えていく
・どんな番組でもタイトルは格好良く
・感動を伝えたいなら、あえて「抜きどころ」を作る。緊張感だけでは感動は生まれない
・定数的・不変的な表現を知る。売れている人を聴き、共通項を探す

そして、個人的にグサリと刺さったのがこの言葉。

「やり切ったと思うナレーションほど、だいたい良くない」

力を抜いて、「早く終わって帰ろう」くらいのモチベーションのほうが、うまくいくことが多い。
…なんという真理。

さらに、

・抑揚は一瞬で切り替えると耳を引く、準備して音を上げると古く感じることがある
・張りのパターンを持つ。ただし絵に合った強さで(やりすぎは危険)
・印象的な言葉を上げるか下げるかは前後の構成次第。大事な部分だからこそ上げない選択肢もある
・「何をやるか」より「何をやらないか」
・感情やドラマ性が優先される原稿では、ハッキリ読みすぎると物語が瓦解する

どれも、現場を知り尽くした先生だからこその言葉でした。

先生はご自身の体験を交えながら、ユニークかつ具体的に伝えてくださいます。笑いもありながら、内容はとにかく濃い。
まさに「熱量で殴られる授業」。

そして先生は練習についても言及してくださいました。

とにかく実践あるのみ。
読む。しゃべる。ナレーションする。ひたすら繰り返す。

悩んでも、落ち込んでも、とにかく読めばいい。
読めば、あっという間にうまくなる。

そのために、

・常に録って、聞ける環境を作る
・録る → 聞く → 比較する → テレビを見る

このサイクルを回すこと。

やれば、確実にうまくなる。
やらなければ、変わらない。
シンプルで、土臭い、でも一番強いやり方。

誰かを徹底的に模倣する。
その人をイメージするだけで、プレイは変わる。

目指す場所が同じなら、似てくるのは当然。
技術を極めれば、どこかの「権威」に行き着く。

ミスマッチだからこそ、ベストマッチが生まれることもある。
化学反応を恐れない。

ミラーリングも、パクリも、どんどんやる。
分解して、分析して、自分のものにする。

上達に直結するのは、とにかく練習環境を整えて24時間ナレーターになること。
結局は、土臭いことをどれだけやれるか。

先生のナレーションそのもののように、熱く、濃く、エネルギーに満ちた時間でした。

これまでの自分は、とにかく「持ってるもの全部出して全力でいろいろやろうぜ」スタンス。
ですが今回のアドバイスで、「何をやらないか」を選ぶ「定数」は変えない
という意識が芽生えました。

もしかしたら、ひとつ階段を上がれるかもしれない。
そんな予感を抱けた授業でした。

大江戸先生、貴重なご指導をありがとうございました!