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土曜日Bの17クラス 藤原周二郎と申します。
先日の
鈴木先生の授業では、一貫して衝動と呼ばれる、火が大事で、火の揺らぎのまま、表現する事を話される。
一番印象に残った言葉は、
本当に、身体の先まで使えるだけ使って、睨みの瞳をみると早死にするんじゃないかってゆう気迫が、歌舞伎にはあり、それはもはや
衝動なんて言える物ではなく、感動してしまう。
と言う言葉でした。
CMには、衝動を込められる。
家に帰り、2日3日冷静に振り返ると、
自身の発した読みは、フシにとらわれていたり、大げさに声を出してたり、
自分なりのイメージした事を思い出す。
いざ番が回ってくると、瞬時にしてはっと、あがる!事も思い出す。
込めた衝動が、、どっか行った!
さっきまで、フツフツしてたのが、無い。
膨らませた風船が、プシュルル、と空気が抜けてしまったように、カタチだけで出発した。すると、のっけから言葉がつっかかり、エ
ンジンが、エンストした、言い直して再出発した。
二回目も、三回目も、四回目まで、
回を重ねる事に、私自身が、火かつけられないと、今度は白々しくなっていくと言う事がわかる。だんだんイメージした読みが、
変化していき。省エネルギーと言うのか、おとなしい読みに、、
ザリガニの習性の如く、逃げてるんだ。
初動の残骸が顔を出して
つぎはぎなカタチに、
先生は、最後に
シンプルに読む所から始めてごらん、
家で。。
と。
もし、俺の言う事が少しでも、アレだったら。と。
各々が自分しかできない読みを、ちょっと危ない読みができるとゾワワと、面白い事になる。
危ないと言うのは、自分の無限の可能性を信じて火を吹けた先に現れるナイスな表現。
とても勉強になりました。
まずは、一言。ゾワワと来る表現が自分にできることを信じてやってみます。

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