あおい先生「旬の実技」授業を振り返って

どんどん気温が上がり、春一番が花粉とともに吹き荒れる今日この頃。着る物にも花粉対策にも頭を悩ませる季節ですね。
とはいえ、まだ何度か寒い日が戻ってきそうで、衣替えの決断ができません。
19期・秋モードの杉田です。

さて今回は、あおい先生による「旬の実技」授業を振り返ってみたいと思います。

今回先生がご用意くださった原稿は、実際にあった事件・事故をミステリー仕立てにしたゴールデンタイム番組のナレーション。
緊張感たっぷりの題材に、教室の空気も少しだけピリッと引き締まります。

番組の簡単な説明を受けた後、順番に読み進めていきました。

まず印象に残ったのは、
「ふさわしいナレーションをすれば数字がついてくるわけではない」
という言葉。

実際にあった事件・事故ということで、そのまま読めば暗く、深刻になりがちです。
けれど、それだけでは視聴者を引き込むことはできない。

ぐっと要所でニュアンスを込める。
ナレーターは番組の「温度調整係」。
ナレーションで薪をくべ、視聴者の熱を上げていく立場なのだということ。

このパートはどんな場面なのか?
どんな役割を持った場面なのか?
どう伝えるのが適切なのか?

それを理解したうえで、場面に合った表現を選ぶ。
ひとつの方法で押し切るのではなく、重要なポイントが浮かび上がるように、表現を意識する。

「読む」のではなく、「伝える」。

この言葉が、胸にずしりと響きました。

あおい先生のロジカルで細やかなアドバイスによって、同じ原稿とは思えないほどナレーションの印象が変わっていきます。
ほんの少しの意識の違いで、こんなにも変わるのかと、内心何度も「おお…!」と唸っていました。

さらに印象的だったのは、

いったん読み手の中に言葉が入り、フィルターを通して出てくるからこそ、個性や面白さが生まれるということ。

「読みの形」にとらわれすぎると、ただ文字を追っているだけになり、中身が空洞になってしまう。
これはつい忘れがちですが、非常に大切な部分だと教えていただきました。

だからこそ、自分自身で自分のナレーションを聴き、
「魂がこもっているか?」
と判断できるようになることが重要。

上手い・下手ではない。
生きているナレーションかどうか。
伝わるナレーションかどうか。
そこに決定的な差があるのだと。

また、どんな技術も「常に使う」のではなく、「使いどころで使う」からこそ効果が出るというご指摘もありました。

そしてさらに
「ここで気持ちを入れよう」という発想の危うさについてもご指摘いただきました。

まずは、基本であるクリアな抑揚をしっかり身につけること。
そして何より、「視聴者に伝える」というイメージを絶対に忘れないこと。

生徒一人ひとりに、さまざまな角度からアプローチしてくださるあおい先生。
ときどき実演してくださるナレーションが素晴らしすぎて、そのたびに耳が大きくなった気がします。

あおい先生は授業後に、
「自分で判断できる、足腰の強いナレーターになってほしい」
とおっしゃいました。

バーズの教えにある「自立」。
まさにこの部分だと感じました。

自分と向き合い、常に進化し続けること。
それが、あおい先生のような「足腰の強いナレーター」への道なのだと、胸に深く刻まれました。

あおい先生、貴重なご指導をありがとうございました!